aoimanのブログ

アフロヘアでNPO法人の管理部長をしている、アフロです。

価値観の違いを認識した瞬間

人にはいろんなものの見方がある。

それを認識した時の話です。以降、人生のテーマになりました。

 

<目次>

・同級生のSちゃん

・衝撃の一言

・価値観って人それぞれ

・いろいろあることが前提に

・いろんな違いを見たい知りたい

 

 

同級生のSちゃん

小学校からの同級生のSちゃん(男の子)。学校から帰ってもお互いの家に行ってよく遊んでました。僕の印象としては、

・たくさんおもちゃ持ってるなぁ

・お小遣いたくさんもらってるんだなぁ

・ちょっとSっ気あるなぁ

なんて思ってました。

 

衝撃の一言

小学生の僕はビックリマンシールやら、面子やら、ミニ四駆やら、同世代の人たちがやってきたことには一通り興味をもち、少ないお小遣いの中で、やりくりしつつ集めていたわけです。手元にあるものたちは、みんな大事で、僕にとっては宝物。

 

そんな宝物について熱心にSちゃんに語っていたところ、

 

『aoimenにとっての宝物は、他の人にとってはガラクタなんだよ。』

 

ガラクタ・・・なんだよ・・・

 

クタ・・・んだよ・・・

 

ラ・・・よ・・・

 

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とちょっと目の前が暗くなるほどのショックを当時の僕は受けました。

 

『そ、そうなんだ』とうまく受け止めらたかどうかも覚えていません。

ただ、そのSちゃんからの言葉だけは脳裏に焼きついています。

 

価値観って人それぞれ

そうか、他人にとってはガラクタなのか。

じゃあ熱心に語ったところで響かない人や、むしろ迷惑に感じる人もいるワケだ。

 

この一件以降、自分の好きなものを猛烈アピールしなくなりました。

 

<今まで>

自分が好きなものは、相手も好きに違いない

→絶対共感してくれる!

 

<Sちゃん事件のあと>

自分が好きなものは、相手も好きとは限らない

→共感してくれるかどうかは確認してみないとわからない。

 

自分の中では、すごくショックを受けて何も言えなくなった、と言うわけではなく、

他の人は他の人なりの好きなもの(嫌いなもの)があるんだ、と言う考えに変化して行きました。

 

いろいろあることが前提に

価値観っていろいろあるんだな、ということがわかって依頼、おかしな考え方に出会った時も受け止められるようになりました。その「おかしな」も自分にとって「おかしい」だけであり、当人にとっては「当然」のことと思っているはずなので。

 

そうなると、「なんでこの人はこんな考え方なのだろう?」といった、他人への興味に変わることになります。キュリオシティ、ですね。

 

いろんな違いを見たい知りたい

僕は生きていく中で、いろんな人の「価値観に触れたい」と思うようになりました。いろんな価値観と出会うことで、自分の考えの幅が広がると思ったからです。自分の中から拒絶をするのはなんとなく嫌なので、せめて「受け止める」ことができるような度量を持ちたいな、と日々思っています。